前回の記事では、SaaSが普及しビジネスとして確立されてきた影響による、プロダクトデザインとUXデザインの概念の違いを説明しました。SaaSにはChatGPTZoomCanvaなどといった勢いある製品や、hotmailやSkypeといったインターネットが普及し始めた90年代後半〜2000年代前半から提供されている製品など、様々なタイプのSaaSが現在の市場にあふれています。それだけでなく、SaaSの解釈を広げると、AirbnbUberbooking.comなども含まれます。SaaSは本来はサービスとしてのソフトウエアなので、AirbnbやUberなどは含まれるべきではないと思われますが、彼らのサービスの宿泊や乗車は、ソフトウエアを介してでないと利用できないため、SaaSと同じ視点でビジネスを捉えるべきです。

このようにSaaSと言っても様々なタイプが存在しているわけですが、今回は、SaaSにおけるUXデザインの実践について何本かの記事にわけてまとめていきます。

person holding black and orange nintendo switch

考え方によってはコンソールゲームもSaaSの一種です。大きな違いは、各社の専用ハードウェアが必要な点ですが、Fortniteのようにデバイス依存性が少ない、PCでもプレイできるものもあります。

製品(ツール)なのかサービスなのかの捉え方の違い

AirbnbやUberに代表するように、SaaS関連は製品とサービスの境界線が非常に曖昧です。それは、前述のAirbnbやUberの例に見られる通り、彼らの製品である宿泊や乗車サービスを利用するには、彼らのWebサイトやアプリを利用しないといけないため、製品とサービスが一体化しています。どちらもユーザーが求めているものが欠けてしまっていてはビジネスとして成立しにくいのです。例えば、Uberで車に乗車する費用以外に、Uberのアプリの利用に費用がかかると想像してみてください。仮にアプリ利用が乗車のたび、もしくは毎月500円でもかかるものだとしたらどうでしょう?もしそうだとしたら、Uberのビジネスはここまで大きくなっていないはずです。

実際にUXデザインのプロジェクトに関わると頻繁に直面しますが、利益を直接生み出すことのできないサービスに予算と時間をかけたがらない人たちがビジネスの現場にはたくさんいます。普通に考えたら当たり前の話なのですが、前述の通り、AirbnbやUberといったビジネスモデルでは、そういった捉え方は非常にナンセンスです。SaaSの世界では、それが製品かサービスなのかを線引きしてしまうと、UXが非常に限定的なものになり、ユーザーに対して満足いく価値を提供できなくなります。SaaS業界におけるUXデザインの実践では、まず製品かサービスなのか線引きするのは今すぐ辞めるべきです。

売れるかどうか=ビジネスになるかどうかの判断

そもそもサービスとは、「物質として形がない製品または商品」のことですが、SaaS自体が形がないソフトウエアなため、従来の言葉の解釈ではSaaS自体がサービスとなります。こういった言語学的な視点を考慮すれば、SaaSが製品かサービスかを線引きするのは全くもって意味がないのです。SaaSという製品で提供される価値が、どの範囲までを売り物として提供されるかどうかがビジネスモデルになるかです。つまり、UXデザインの実践では、製品やサービスの中身を設計していく段階で、それが売れるかどうか=ユーザーがお金を払うかどうか考えることは、全く次元の異なる話なため、完全にわけて整理するべきです。もちろんビジネスとして売れるものを考えながらデザインする必要はありますが、その判断をデザインの実践途中で行うことにあまり意味がないということです。

GmailやYouTubeを例に考えてみるとわかりやすいです。普通に考えたら、郵便局やTVコンテンツなど今までお金を払わないと利用できなかったビジネスに関わってきた人からすると、メールを送る、コンテンツを見るという行為が無料で提供できてること自体が驚きでしかありません。しかし、それらが現在ビジネスになっていないかというと、そうではないですよね?YouTubeは当初はずっと赤字で収益化できるまで何年もかかっていますが、今では生活に欠かせない存在にまでなっています。

YouTubeの例は一部の稀なケースですが、それでもSaaSビジネスのほとんどは、ユーザーの継続した利用があってビジネス化に繋がるため、どの価値に対して納得してユーザーがお金を払うかが非常に重要です。なので、フリーミアムのような売り方が定番になっているわけです。しかし、このフリーミアムというやり方は、インターネットが生まれる前から存在していました。1980年代頃より、ソフトウェアの世界では機能や使用期限を制限したバージョンを無料で提供することで、製品販売促進が行われていたのです。古くはフロッピーディスクやCD-ROMによる雑誌付録や店頭配布といった形式です。ソフトウエアの無料提供は、何も最近始まったやり方ではないのです。

このようにSaaSの売られ方・製品の浸透の仕方は、洋服や車、その他従来からある小売業界と比較するとかなり特殊です。SaaSで提供される価値を、ユーザーがどのくらいの早さで受け入れ、持続して使い続けるのか、ここがビジネス化になるかどうかの大きな分岐点です。

手紙や書類を受け取るには、受け取る場所が必要で、普通は家賃を払って家やオフィスに届けてもらいます。しかし、Emailのほとんどはインターネット通信料とデバイスさえ負担しておけば、無料で利用できます。これは製品なのかサービスのどちらなのでしょうか?

何に対して製品を使ってもらっているのか

TinderやHingeといったデートアプリは無料でも使えます。無料でも十分出会いを楽しんでいるユーザーもいれば、無料で使える機能だけじゃ満足いかないので、有料版にアップデートし、出会いをもとめているユーザーもいます。これは、単純に提供されている製品の使い方や受け取っている価値の大きさがユーザー間で異なるがために、お金を払っているかどうかの違いです。しかし、製品利用という点では同じです。無料だろうが、有料だろうが利用して良い出会いを求めているだけです。

同じ視点を日本のコンビニエンスストアに当てはめてみましょう。日本のコンビニエンスストアのほとんどで無料でトイレを利用することができます。しかもウォシュレット付きで清潔なトイレが多いのです。これは、カスタマーサービスの一部として見なして提供しているからですが、当然トイレしか利用せず店の商品を買わないお客さんもたくさんいます。しかし、トイレの利用をきっかけに店の商品を購入するお客さんがいるのも事実です。日本以外の国、例えばアメリカやヨーロッパでタダで小売店のトイレを利用するのはありえません。犯罪や清掃問題といった観点で利用禁止してる背景がありますが、もし仮にそういった社会問題がないとしたら、アメリカやヨーロッパでタダでトイレの提供というのは起こり得る話でしょうか?もし、アメリカやヨーロッパの小売店で自由に誰もがトイレを利用できる環境が整ったら、何が起こるでしょうか?トイレの利用維持にかかるお金やリスクを気にして無料提供しないままでいるのがいいのか、それとも無料提供して新しい価値を作り上げる冒険に出るほうがいいのか。

Tinderもトイレの例も、ユーザーに価値を伝えていく手段として、無料で利用できる方法をとっているのであり、これを製品販売につなげるために必要なものかどうか最終的に判断するのは、デザイナーではなく、事業オーナーの判断です。SaaSプロジェクトでUXデザインの実践をするときは、デザインの視点で議論をしているのか、ビジネスの視点で議論しているのかを常にハッキリさせた上で、価値提供の推進の仕方を設計していく必要があります。

焦らず専門家にまず相談しよう

プロジェクトの内容に関わらず、なるべく早いタイミングでUXデザインの専門家に相談することが、UXデザインをスムーズに実践するための最善策です。場合によってはUXデザイナーが必要ではなく、UIデザイナーで対応できる話かもしれませんし、そもそもUXデザイナーという外部の専門家にお願いしなくても、チーム内のリソースだけで対応できる話かもしれません。

このような判断をプロジェクトの開始時点で行うことができれば、無駄なコストをかけずに進めることが可能です。UXデザインをどのように開始するのか悩んでいたら、是非お気軽にお問い合わせください。無料でご相談受け付けています。

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